ビジュアル言語とラクガキの関係

絵で意思疎通を図る事から「言語」という表現を取っている。
ここでいう「絵」は”アート”ではなく”ラクガキ”を指す事から、誰もが持つ能力としての可能性が秘められている。

要は、会議中ノートの端に会議に対する印象(感情)や、概要をラクガキしてしまう「アレ」こそがビジュアル言語である。

これは教科書を用いた自習方法としてセクションごとの概要を「ラクガキ」する。
講義やセミナーの内容を「ラクガキ」する。
プロジェクトの初期段階など多様で細かな情報が飛び交うミーティングを「ラクガキ」する。
これにより、全体把握しやすくなり、そのため何が必要かなどが連想できるようになる。つまり、一字一句ノートPCでタイピングしなくてもよりよい結果が出るということになる。(言質を取るという意味では一字一句は意味がある)
この時ラクガキは出来るだけイメージを描くことに集中するのが望ましい。
側から見ると意味のない連想されたラクガキも記憶に残すには有効である。

人間が物事を記憶する方法として感情を伴うと良いとも言われている。
怒り喜び悲しみ等を伴った会議は相手の記憶に印象付ける事が可能で、その逆もまた然り、ラクガキに感情を叩きつけるのも役に立つ。

問題は、じゃあどうやって実行するのか、方法は二つ

・物理的にノートを使う。
ペンとノートを常に持ち歩く、ノートカバーを使うと複数冊のノートと筆記用具が持ち運び可能で便利だったりする。
また、ノートも大学ノートに限らずスケッチブックや最近は描き味にこだわったアイデア帳なんてのもある。

・デジタル機器を使う。
いわゆるiPad Pro や Pixel やSurfaceなどの十分に実用的なスタイラスをデバイスを用いる方法、デジタルデバイスであるためその場でノートをシェアしたり過去のノートをクラウドに溜めておいて振り返るなんてこともできる。

まず、便利で退屈な会議でもSNSで暇つぶしできるノートPCを離れて紙とペンに戻ってみると新たな発見があるのではないだろうか。

参考文献

サニー・ブラウン 著、描きながら考える力 〜THE DOODLE REVOLUTION 

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